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2011.07.02 Saturday

「脱原発」の前に考えること

☆常に追いかけてくる現実を前に考えることを放棄しがちだが、日常に埋没するのみでは真実から遠ざかってしまう。また原発について考えてみる。これから日本は段階的であれ「脱原発」を志向することになるのだろう。そこにほぼ異存はない。しかしそれには「覚悟」が必要である。経済成長を犠牲にする覚悟、今までより生活が不便になるだろう覚悟である。私を含め、日本人にはまだその「覚悟」ができてはいない。6月の暑さでも、もう音を上げてしまいそうな体たらくである。代替エネルギーの研究も進んでいるそうだが、すぐに原発に取って代わるものにはならないだろう。


今まで「反原発派」だった人たちは「それ見たことか」と思っているだろうか?しかし彼らとて大半は原発の恩恵を受けて「豊かさ」を享受してきたはずである。世捨て人かロハスのような生活を営む人の方が稀だろう。戦後の日本にとってはまず国民生活を立て直し、「豊かさ」を得ることが目下の課題だったはずであり、原子力エネルギーは明るい未来をもたらすものと思われていたはずである。高度成長期に作られた多くのSF作品がそれを物語っているし、何せ鉄腕アトムの妹の名前は「ウラン」である。今まで原発を推進してきたとして自民党責任論がちらほら聞こえるが、「豊かさ」を求めたのは国民の側であって、仮にその当時民主党が存在して政権を取っていたとしても、やっぱり「国民の生活が第一」で原発推進したのではないかと思ってしまう。

私たちに必要なのは「覚悟」である。食料品や水に不安は拭えないが、日本はこれで放射能初体験というわけでは全然ない。中国や旧ソ連の核実験により、過去何度も放射能は日本に飛来している。もちろんそれ以後日本人の死因1位が癌になったりと、健康被害は甚大であり、「過去にも来ているから大丈夫」と楽観視するわけでは全くない。要は「心の持ち様」だと言いたいのである。

すでに国外退避した人にも言いたいが、この世界に「まったく無害で安全な場所」なんか存在しない。もっと言えば「世界は何が起きても不思議じゃない」のである。例えばこの間にアメリカはリビアで戦争をおっ始めているし、中国はチベットを依然弾圧し続けている。戦後日本は安全保障を蔑ろにし、「なあなあ」の平和を「なんとなく」やり過ごしてきたに過ぎなかった。「終わりなき日常」はとっくにピリオドを打っているのだ。

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