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2010.12.19 Sunday

自衛隊は「暴力装置」

☆仙谷官房長官を擁護する気などまっっったくないが、「自衛隊は暴力装置」というのは間違いではない。世界を見渡せばほとんどの国がこの「暴力装置」を持っているわけで、「暴力」装置であればこそ、国土を防衛するものになり得るというものだ。
自衛隊は暴力装置

我々一般の国民は「暴力」を保持しない。(ここで言う「暴力」とは銃刀法で規制されるくらいのものを指す)保持したとすれば、個人間でのトラブル・喧嘩・犯罪者などにそれが用いられ、恐ろしく治安の悪い社会になることは自明だろう。だから我々は「暴力」を国家に預けている、と考える。預けられた国家は国民の生命が危機に瀕した時、初めてそれを行使する。国内に対しては警察、国外に対しては自衛隊がその役目を担っている。彼らはもちろん好き勝手にその「暴力」を行使して良いはずはなく、彼らの存在はあくまで国民が安全に生活するために設けられた、システムとしての(合法的な)暴力、すなわち「暴力装置」である。

そしてそのようなかたちで「暴力装置」を保持することで、今日の近代国家は形作られている。

ただ、なぜ仙谷氏の発言が問題になったかと言えば、言わずもがな尖閣事件があった直後だったからだろう。国防について極めて消極的な仙谷氏の発言は、「自衛隊は暴力団」とでもいうようなニュアンスを多くの人に与えてしまったかもしれない。
 
しかし「坊主憎けりゃ袈裟まで」になってしまっては、物事の本質を見誤ってしまう。日本人が議論下手と言われる所以でもあるが、我々は「何を」言ったかではなく、「誰が」言ったかで、価値判断を行いがちである。それは日本の社会の良き面を作っている部分もあるから決して全否定はしないが、政治家の発言であれ、個人間の会話であれ、我々はもっと「言葉そのものの意味」で捉えなければいけないだろうと思う。

21:03 | - | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |

コメント

いつもながら冷静な見識に納得させられます。
何にか。。問題が起きたら。。一まとめで
考えてしまうのが日本人の悪いところですが
ボクも、そういう風になってきたかと反省です〜。。
2010/12/31 4:11 PM by つばさ
あけましておめでとうございます!
コメントありがとうございます!

確かに「坊主憎けりゃ袈裟まで」になってしまいやすいんですよね。自分もそうですよ。
2011/01/01 1:26 AM by モリオ・カ・タケル

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