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2010.05.11 Tuesday

夫婦別姓という男尊女卑

☆以前、民主党の千葉景子法相が夫婦別姓法案を推し進めている、という事を書いた。これについて推進派の論理として主なものは、結婚して女性が夫の姓になるのは男女差別である、というもの。それと、姓が変わることで仕事を持っている場合に不都合が生じる恐れがある、というものだったと思う。それについて反対派・慎重派は「家族の絆が弱まる」といった事で概ね一致しているように思う。社会を構成する共同体の最小単位である「家族」を解体することは個人主義に拍車をかけ、社会の無秩序化を招く恐れがある。そういう意味でも私は反対派の立場である。しかしそれ以前に、現在の民法では夫が妻のどちらかの姓に統一する、と規定されているだけで、夫の姓に合わせよ、とは書かれていない。よってこれは差別には当たらないし、「姓が変わることで生じる恐れのある不都合」も、いわゆる通称使用で解決できる。

しかしそれでも推進派は夫婦別姓こそが女性の権利の獲得であり、男女平等の象徴であるかのように謳っている。中国・韓国といった東アジア諸国は夫婦別姓が主で、日本もそれに倣えというわけだ。しかしここではっきり言っておかねばならないが、夫婦別姓は男尊女卑の思想である。それはなぜか?かの国々がなぜ夫婦別姓なのかを考えてみれば容易にわかることだが、中国も韓国も儒教文化の影響を強く受けている地域であり、強固な男系主義の父系社会である。よって男女が結婚しても、その家の血縁でない嫁は他人扱いであり、夫の姓を「名乗らせてもらえない」のである。


つまり中国・韓国といった儒教文化圏では、女性は一生を通して父親の姓を名乗ることになり、家庭を築いても(子供は父親の姓を名乗るので)家族の中で自分だけが違う姓、という状態なのである。当然ながら婿養子を取るなどというのはあり得ない。そして亡くなった後も姓が違う女性は夫の家の墓に入ることはない。女子は男子を産むための道具であり、それこそいつぞやの大臣が言っていた「産む機械」である。これの一体どこが男女平等であろうか?婚姻を結び、男女どちらかの姓を選んで同姓とする現在の日本こそ、男女平等が最も実現された社会であるとは言えないだろうか?

また、これは最も重要な点であるが、現在夫婦別姓を望む女性は決して多数派ではない。世論調査をしたって半数以上は反対・慎重である。そして驚くべきことに、推進派はそもそも「家族」を否定している。それは個人を抑圧する制度であり「個性の尊重を阻む」と考えているからだ。家族を否定する者が夫婦のあり方を論じていること自体滑稽だが、推進派は一般人の感性とは大きく乖離しているのだ。たとえ個が抑圧されようとも、そこに幸福を見出すことができるのなら、人はそれを望むものである。「個人」はそれほど強くはないからね。

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