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2010.04.04 Sunday

友よ

☆10年近く東京で時を共にした友がこのたび故郷へ戻ることとなった。自分の本心を話せる数少ない存在であったし、数多くの機会で助けてもらっていた。しかしそれで寂しがったり彼を引きとめたりすることはない。彼には彼の人生がある。まあ、いつの日か一緒に仕事をしたいとは思っているがな。



さて、過日3/27静岡県富士市にて仕事人応援フェスというイベントが行われ、デザインその他で多いに協力させていただいた。これから就業する若い人たちに、労働について学んでもらおうといった趣旨のイベントあり、映画「ブラック会社に勤めてるんだがもう俺は限界かもしれない」の上映もあった。この映画については、ブラック会社という「加害者」・そこに雇用される若者という「被害者」という観点で描かれるのかと思っていたので、最後まで観て少し驚いた。労働条件云々といったことももちろん重要であるが、結局はその場の人間関係が良好でリスペクトし合えるものであれば大抵のことは乗り越えられる、というメッセージに受け取れたし、上映後の佐藤祐市監督のお話からもそれは伺えた。それには大いに賛成である。

しかし、今や日本の若者は人件費の安いアジア系にどんどん仕事を奪われつつあるし、企業もその方が合理的だと知ってしまったので、かつての時代のように「新人を一から育てる」といった非合理なことはやりにくい。求めているのはあくまで「即戦力」であり、最初の時点で帰属意識を育てられていないのだから、今の若者はすぐ辞める、といった話もある意味当然と言えよう。中高年の方々が「自分たちの時代はこうだったああだった、だから若者はもっとガンバレ」と言っても、時代状況がまるで違い過ぎる。中高年は「時代に恵まれていたこと」に気づかず若者批判をし、若者は「時代に見放されている」ことに気づかず自己責任論に陥る、という構図ができてしまってはいないだろうか。



今年の桜は少々寒かったが実にきれいだったと思う。もともと大勢でガヤガヤ花見をするのは不向きで、近場の公園で静かに桜を眺めるのが好きである。日本人に生まれて良かったと思うひとときだ。

18:24 | - | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

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