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2009.05.17 Sunday

「婚活」への疑問

☆ご承知のこととは思うが、今世間では「婚活」が大いに流行っている。もはや昔のように誰もが結婚できる時代ではないのだから、それ相応の努力をしなければというのはよくわかる。ただそうなると、結局結婚までも勝ち組・負け組で2極化してしまうのだろうな。つくづく恐ろしい世になったものよ。社会学者山田昌弘氏が言うように、「一時代前は『会社』が集団お見合いの場だった」から結婚が成立していたというのは、氏のを読んでいて深く納得させられた。今は雇用が不安定化し過ぎているから、それも破綻しているわけだ。それに地縁血縁も希薄になった現代では、昔のようなお見合いも機能しにくい。だから個々人が努力して「婚活」せよ!というわけだ。

個人主義もここまで来たかという感じだが、世間が「婚活」をやたらに煽り、結婚をそのような自由競争市場に晒してしまえば、先述したようにモテる人間とそうでない人間に2極化するのは目に見えている。ここでもまた「格差」が発生、大量の「結婚負け組」を生み出してしまうことになるだろう。だからこの問題も結局、新自由主義の弊害であり、結論的には雇用を守ることで社会を安定させ、山田氏の言う「集団お見合い」を再構築していくのが良いのだと思う。自分磨きだって限界があろうし、「婚活」それ自体を蝶々しても答えの出るものではあるまい。今は雇用が不安定化している分、(「集団お見合い」のための)仕事以外のコミュニティも多数存在するのだろうが、コミュニケーションに長けていない人の場合、そうしたところに自分から出て行くことは期待しにくい。フランスのように結婚の定義自体をユルくして(事実婚を結婚を同等とするなど)も、今度は逆に離婚が増えるだけだろうし、本質的な解決策とは思えない。

結婚は2人でつくっていくもの

それと「婚活」をテーマにしたNHK討論番組を見ていた時のこと、あまりに銭金損得の話ばかり飛び交うのに業を煮やしたのか、ある若い女優が「愛が一番大事じゃないですか」みたいなことを言っていた。オレはこの女優の発言を全然青臭いとは思わない。どんなに頑張って「婚活」して、どんなに優秀・有能な相手を見つけても、その相手を愛せなければ、幸せとは言えないのではないか。恋愛が大事と皆が思っているのなら、「良い」と「好き」は同義ではないとわかるはずだ。その番組では年収いくらのと結婚したいか、といった女性の話も赤裸々に語られ、それも大事なんだとはもちろん思うのだが、相手に何かを求めるだけでなく、その相手のために力を尽くそう、自分を変えていこうと思う心が、「愛」なのだと個人的には思っている。

結婚とは何かと問われれば、それは「儀式」であろうと思う。個人的な関係だった2人が人前で「別れません」と誓い合い、その関係を公に承認されていく「儀式」である、と。ただ今は「儀式」そのものが否定された私欲剥き出しの時代なので、結婚も形骸化し、離婚率も上がってきてしまっている。マクロに時代状況そのものを変えていかねば、「婚活」自体を推し進めたところで、それはむしろ不幸の始まりなのではと、移り行く世を眺めながら思うのである。

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