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2009.03.02 Monday

怒るというより、ただただ呆れる

☆先月のことになるが、小泉純一郎元首相麻生首相郵政民営化見直し発言について、「怒るというより、ただただ呆れているところだ」などと痛烈に批判した。小泉からすると「05年の郵政選挙で圧勝したことで、今の議席があることを忘れるな」とでも言いたかったのだろう。これにより麻生政権支持率はさらに下がり、小泉は小沢一郎に次いで「総理にふさわしい人」の2位にランクインしたわけだが、「ただただ呆れる」のは、むしろ小泉の方ではないかと思わざるを得ない。

呆れるのはオマエの方だ!

そもそも麻生政権が取り組んでいるのは小泉改革の見直しである。昨年末から派遣切りなどで膨大な失業者が出てしまっているが、これは小泉政権時代・04年に行われた派遣法改正(これにより派遣が製造業にまで解禁された)に端を発している。日本は毎年米国から提出される「年次改革要望書」という文書により、アメリカ型の社会に「改革」するよう「要望」されているのは周知の事実であるが、小泉内閣はこれを急進的に推し進めたわけである。米国がそのように「要望」するのはもちろん米国の国益のためであり、郵政民営化も米国による「要望」である。郵貯簡保民営化させ、それを外資買収できるようにしたのが郵政民営化の真の目的なのだ。

小泉内閣の頃は「小さな政府」「貯蓄から投資へ」といった言葉が流行ったものだが、それらはすべて、規制緩和して民間に自由競争させれば「神の見えざる手」によって市場公共性を担保できる、という米国流の「市場原理主義」に基づくものだった。だが米国も、それに倣った日本も経済的に悲惨な結果を迎え、米国はオバマ政権になってから、政府主導で環境事業などで雇用を創出するグリーンニューディール政策を打ち出しており、もはや「市場原理主義」の誤りは全世界的にも明らかになっている。にもかかわらず、小泉は未だ自らの改革路線を堅持し、それを見直そうとする麻生首相に「呆れた」などと言っている。この期に及んでも「誰のおかげで政権取れたと思ってるんだ」と言いたげな小泉は、小沢一郎のような「政策より政局」という、ただの政治屋に堕したとしか言い様がない。

そしてその小泉を支持して、麻生政権を痛罵するマスコミもわけがわからない。発言がブレちゃいかんと言うなら、このまま小泉改革を継承してもっと失業者を出し、もっと格差を広げて国民にもっと「痛み」を強いることになるじゃないか。マスコミは麻生首相について、漢字を間違えたとかホテルバーで飲んだとか、ほとんどどうでもいいような批判を繰り返して支持率を落とし、政治の混乱をわざわざ作り出しているようにも思える。これも相変わらずだが、「怒るというより、ただただ呆れる」ばかりである。

(月間Cam's北見 09年5月号掲載用作品を一部修正)

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